教え学ぶ技術(刈谷剛彦 石澤麻子)感想

「主体的対話的で深い学び」と何度聞いたかわからないこのフレーズにあるように、「議論する力」は必要な力で、「それを育むには「問いの立て方・展開の仕方」を意識することが重要となる。本書では、オックスフォード大学で行われている教授と学生が直接議論する指導法(チュートリアル)を再現することで、いかに教え、いかに学ぶかを述べている。教師の仕事は究極的には「問いを用意すること」と「その問いを考えるための材料を準備すること」の2つだと思っているが、問いを考える学生にどうアプローチをかけるか、という点で「学生に考えさせながら、問いを基点に議論を展開させる」という方法はなるほどなと思った。また、指導や学びとは関係なくエッセイの書き方自体についても勉強になる本である。そのために、いま自分の書いてる文章がいかにショボいものなのか思い知らされることになるが。

チュートリアルとは、先生が問いといくつかの参考文献を示し、学生は文献を元議論を展開し、問いに答えを与える形でエッセイをかき、そのエッセイを元に先生と1対1で質疑応答や議論を行う。読み書きを中心とした個別指導である。本文にある例で言うと、「問いをどのように解釈したか説明して」「大きな問いをブレイクダウンする(言いかえる、あるいは抽象度を変える。)「関連する疑問は?」「キーワード」「論理を展開するための枠組み」「一番興味があるのは?」「なんでこの文献を引き合いに出した?」「この部分で言いたいことは?」「ぴったりくる言葉を見つける」「論理的なつながりは?」などなど、この本を読んでいると、その議論をとなりで聞いているようで、自分まで賢くなったような気がしてくる。とくに先生の指摘や発言が鋭く、確かに…と100回くらい思った。問いがあると答えを探すことに気がいってしまうが、問いを発展させ明確にすること、論理的に積み上げることこそがまずすべきことなんだと感じた。(自分が今までテキトーに繋げたような文しか書いてこなかったことにようやく気づいた)

この指導を実践するのには教師の力量が必要だと思うが、こういうゼミ形式の人数を絞った議論を通した学びは、うまくすればかなりの学習効果が得られると思う。問いの発展のさせ方やキーワードの設定によって、いくらでも研究のやりようがあること、議論を通して学ぶとはいえ、「読む」力「書く」力「考える」力が全ての基本であることがわかった。

この本とは直接関係ないが、今世界では黒人差別が問題となっている。黒人差別はなぜなくならないのか?とかをテーマにして考えると良いのだろうなぁ(多分やらない)(テーマとしては凡庸)。この問題がどのくらいの問題なのか、自分にはわからないが、いま起きているデモとかはどうなれば治るのだろう?というのは気になる。検察庁法とかは、定年延長やめますといえば終わりだったが、黒人差別やめますといえば済む話でもないだろうし。解決に時間がかかるというところもこの問題の難しさなのかもしれない。