ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学(入山章栄)感想

アントレプレナーのつながりで興味を持った本書。経営学は最近急速に研究が進んでいる一方で、それを社会に落とし込む活動が活発でないために、研究されている最先端の理論と現在巷で紹介される理論に開きがあるので、それを埋めるというのがこの本の大きなテーマ。経営学には「役に立つことを研究している」や「何かしらの正解を教えてくれる」という誤解をもたれがちであるという点に言及し、経営学を思考の軸(思考の羅針盤:航海の正解を教えてくれるわけではないが、その重要なヒントとなる)を与えるものだ、と冒頭にある。これは数学にも言えそう。会社の経営が思い浮かぶが、組織の運営という意味で勉強になる。また、研究の手法や過程、学者の考察、理論の根拠等、いろいろ述べられているので、その流れを追っていけるのも良いポイントだと感じた。経営学もサイエンスとして研究していくのはアントレプレナーで学んだことと同様。

以下印象に残ったフレーズ

  • 両利き(ambidexterity)の経営(知の探索と知の深化のバランス)、イノベーションの1つの源泉は既存の知の組み合わせであるから、知の範囲が広い方が良い。そうして得られた新しい知を深めることも重要。今業績の上がっている分野を深める方が企業としては効率がいいのだが、中長期的なイノベーションを停滞させてしまう。この現象をコンピテンシートラップという。
  • 組織としての記憶力…トランザクティブ・メモリー(組織学習)、大事なのは情報の共有ではない。大事なのは「全員が同じことを知っている」ことではなく「誰が何を知っているかを知っている」こと。組織の強みとはいろんなことを知っている人が組み合わさることにある。
  • 組織力向上にプラスになるのは「タスク型の多様性」(様々な能力のある人が集まる→組織の知の多様性)。「デモグラフィー型の多様性」(性別や国籍など目に見える特徴による多様性→分類する心理が働き組織がグループ化する)にはデメリットもある。
  • 日本企業の課題は2つの多様性が重なっていること(女性や外国人を雇えば、日本人男性にはない能力が取り込まれ効果的だが、それはデモクラフィー型のデメリットも同時に取り込んでしまう。それを解決する可能性を秘めた「フォルトライン理論」…「日本人×男性」の中に「30代×女性×日本人」だけを何人加えてもフォルトラインが強まるだけだが「男性×アジア人」や「女性×50代×日本人」のようにデモクラフィーが多次元に多様であれば、結果として組織のフォルトラインは弱まることが予想される。
  • リソースの価値はリソース部分だけでは決まらない。日本で高性能家電を生み出す技術者は価値のあるリソース(経営資源)。だがアジアに進出したとき、現地の消費者が高性能よりも一般の普及品で十分と考えるならば、そのリソース(技術者)の価値は下がる。その場合はマーケティングを的確に打てる、あるいは現地の広告会社とパイプがある人材の方が価値が高くなる。
  • 現在の経営学は部分分析が重視される。まず部分に焦点を当て、一般に成り立ちそうな法則を検証する(還元主義)。難しいのは、この複数の部分を1つにまとめるところ。そのまとめあげる部分の理論を経営学はまだ持っていない。例えば、経営学の教科書はそれぞれの部分についてかかれる。しかし、その部分戦略をそうまとめあげて意思決定するか、という部分は書かれていない。その理由は、つなぎ合わせるための視点が業界や企業によって異なるため。きれいな答えはなかなか出ないので、思考トレーニングとしてのケースディスカッションがビジネススクールで重要。
  • 経済学では部分を単純化することで全体の理論、部分どうしの関係を分析することはできる。部分を厳密に議論することと、全体の構造を理論化することはトレードオフの関係にある。木も見て同時に森も見ることはできない。
  • 勉強は進めば進むほど正解がわかるようになるが、研究は進めば進むほどはっきりとコレが正解とは言えなくなる

なるほどな〜と思うことが多々ある。理論がその辺の肌感覚とマッチしているあたりに数学との差を感じる(数学の最先端に納得感などほぼ皆無だろう、それを見せられれば普及のヒントになるかもしれないけれど)。それはいいことだが、一方で絶対的な正解があるわけではないというのは重要なポイントだと思う(数学は正解がある程度決まっていると言える?)。こういうのを思考の軸として、考えて、判断していく能力が必要だということで。